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燃える葉月、かげろうの熱きを

汗みどろのうちに40周年記念公演「ドン・キホーテ」は終わり、
その足で沖縄のキジムナーフェスティバルに飛んだ。
日差しはきついけれど島の風がそれを和らげてくれるので過しやすく、
ガジュマルだろうか?大きく枝を張った樹の下では安らぎを取り戻せる。
いたづら者のキジムナーがついその辺の入り組んだ樹の隙間から
顔を出して来そうな感じがして、しばらく眺めてみるものの、期待通りには何も出てこなかった。

世界のあちこちから、いろんなジャンルのパフォーマーや舞台人が集まって、
子どものためのさまざまなステージを繰り広げ、
児童・青少年を取り巻く各国の諸問題を話し合い、考える、心豊かなおとなたちの集まりだ。
もちろん子どもたちもその創作を発表するために集まってきている。
話の場では、通訳をする人の苦労があってようやく理解が広がる。
だが、ステージと客席の間はストレートだ。
とにかく受け入れて、自分の心で咀嚼するしかない。
それでいて、心は通じる。そして満たされる。
街では、「オスプレイ配備阻止県民集会」の開催を知らせるアナウンスが何度となく流れている。
広々とした芝生がたけの高い鉄条網の向こうに広がっているが、アナウンスは陽炎の立つ石畳の、
こまごまとした民家の路地にこだましながら訴えていく。辛抱強く辛抱強くそれは続けられている。

本土でも、耳は聞こえても言葉を受け取れない宰相とその周りを固める国会議員たちに向けて、
辛抱強く辛抱強く原発ゼロ・再稼働ヤメロの訴えは続いている。
どうやら、あの人たちとぼくの間には、同国民でありながら通訳が必要なようだ。
いや、通訳というより、あのキジムナー・フェスに集まっていたような
きらきら輝く目とこころこそ、あの人たちには必要なのだと思う。
そしてぼくたちは、自分たちの舞台活動を通して、
いびつな豊かさの中で大切なものを忘れてきているおとなたちに、陽炎の熱さをしっかり訴えたいと思っています。
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